太鼓集団「島衆」

蘇る記憶
島衆伝説in
名古屋だがゃー
2005.8.29〜31

出演行事名
瀬戸内しまなみ海道
観光推進協議会
2005年度
広域観光PRイベント

演奏場所
愛知県名古屋市
金山駅前
アスナル金山屋外ステージ

出演時間
11:00〜11:10・
14:00〜14:10・
17:00〜17:10(30日)
11:00〜11:10・
14:00〜14:10(31日)

演奏時間
10分ずつ

演奏曲
海の豊饒

降って沸いた話
それは突然だった。7月も終わりに差しかかった頃、会長の口からみんなに伝えられた。「8月の29日〜31日の3日間、名古屋で『海の豊饒』の演奏を依頼されとるんじゃけど、みんなの都合はどんな?」と。「島衆」にとっては久々の遠出、しかも大都市名古屋の演奏である。D.Kは行く気満々で二つ返事。他のメンバーも目を輝かせながら回答。こうして2泊3日、夏の名古屋遠征が決定した。今回の依頼主は瀬戸内しまなみ海道観光推進協議会。2005年度の広域観光PRイベントを名古屋で開催するにあたり、我が「島衆」へ声が掛かった。

道中
朝9時前にベル・カントホールに集合し、いよいよ名古屋へ出発。しまなみ海道から山陽道・中国道・名神高速・名古屋高速・東名阪道・名古屋高速を経て名古屋市内まで、6時間にも及ぶ長丁場である。今回、「島衆」メンバー参加者は合計9名。金子さんは今回、瀬戸田町役場観光商工課の職員としての参加で、名古屋までは別便。植原さんも仕事が終わり次第、新幹線で名古屋へ向かう予定になっており、2名を除く7名がトラックと乗用車に分乗。トラックにはあきらさんとD.K、その他のメンバーが倉本さんの車で名古屋へ向け順調に高速を飛ばした。大津サービスエリアで遅めの昼食を済ませる。道中、金子さんから何度か電話が入り、「無理せんでええけぇ、安全運転で来いよ」などと気を配ってくれていた。いよいよ名古屋、名神ともお別れし、一宮ICから名古屋高速へ入ろうとしていた時に悲劇。一宮ICから名古屋高速へは直接入れるのだが、すぐ前を走っていた倉本さんの車が急に車線変更し一般道方面へ。あきらさんも慌ててハンドルを切るが間に合わず、そのまま名古屋高速方面へ。結局、別々のルートを通って宿泊するホテルへ向かう事となった。

到着
名古屋高速から一旦東名阪道を通り再び名古屋高速へ。遠くには高層ビル群や名古屋駅前の超高層ホテルが見え始め、名古屋に着いたんだと実感する。名古屋高速を降り、名古屋市街へ。高速出口からわずかな距離にあるホテルへ到着したのは15時30分過ぎ。遅れて16時前に乗用車組も到着し、多少のハプニングは合ったものの、無事名古屋へ全員が降り立った。先に名古屋入りしていた金子さんもトラックが到着した後にホテルで合流し、みんなの姿を確認して安堵した様子。その後、今日の今後の予定がみんなに告げられた。本来、チェックインした後、別のホテルに移り、夜に行われる業者説明会と懇親会のお手伝いをする予定になっていたのだが、それが無くなり、今日1日は丸々のフリーになること、金子さんは懇親会に出席するため、夜の食事は一緒に取れない事が伝えられ、一旦解散。みんな自分の部屋に散っていった。

生ビール・チューハイ200円
部屋に入って少し休んだ後、ロビーへ。あきらさんとデートの待ち合わせ。というのは冗談で、今晩の食事場所を決めるために周辺散策へ。すぐ近くにあった居酒屋や沖縄料理店、牛なべ屋や川沿いのオープンテラスにあったビアガーデンなど、数ヶ所を見て廻った。どの店も良かったのだが、決め手が無くもう少しブラブラしようと話し、歩いていた時、居酒屋の張り紙を見て管理人立ち止まる。「毎週月曜日 生ビール・チューハイ200円」。あきらさんも立ち止まり、店の中へ。店員さんに全員が入れる部屋があるかを確認し、実際にその部屋を見せてもらった。ついでに「今日は200円ですよね?」と念押しする。躊躇の余地は無く、予約を入れてホテルへ戻った。

あきら壊れる
別便で到着した植原さんとも合流し、6時半から前夜祭開始。途中、家族旅行で一緒に名古屋へ来ていた別府家も勢揃いし、盛り上がる。みんな痛飲。どんどん痛飲。これでもかと痛飲。しかし、魔の手は徐々に迫っていた。1次会は終了。続いて2次会へ。植原さんとあきらさんは一旦ホテルへ。その他のメンバーは、居酒屋の店員さんに教えてもらった、お店からホテルまでの間にあるカラオケボックスへ。ホテルに戻っていたあきらさんが合流し、これまた盛り上がる。だが、このお店のシステムがあきらさんの歯車を狂わせた。カクテル・ジュース類時間内飲み放題。あきらさんのペースが早い早い。ジントニック・ジンライムをひっきりになしに痛飲。2次会が終了する頃にはベロンベロンに。その後で、ビリヤードをやると言い出して、管理人が付き合った訳だが、もはやあれはビリヤードではなかった。キューなんか使わずに手使ったりして・・・。ビリヤードも終了。普通に歩けないあきらさんを抱きかかえホテルへ。だが今度はラーメンが食べたいと言い出し、カラオケボックスの隣にあったラーメン屋の前で立ち止まる。表にはもう「CLOSED」の看板が出ており、「あきらさん、もう閉店してますよ」というD.Kの言葉も聞かず店の中へ。案の定、店員さんに追い出される始末。「1杯くらい食わしてくれてもいいじゃろーが」と吐き捨て、店を後に。しかし壊れたあきらさんはこんなものでは済まなかった。ホテルとは反対方向の大通りの横断歩道を赤信号で渡りだすわ、自分のヴィトンのバッグは蹴るわ、ホテルへ連れて帰るまでが一苦労。時計を見たら2時をまわっていた。でもホテルへ着いてからも一苦労。あきらさんの部屋まで送って自分の部屋へ帰ろうとしても、帰してくれない。挙句の果てには「みんなを呼べー」と駄々をこねてみたり・・・。「みんなもう寝てますよ」と言っても聞かない。「じゃあちょっと呼んできます」と言い、部屋を抜け出す。村上さんに助けを求める。香川さんも出てきて、「ちょっとだけ付き合って退散しようか」と打ち合わせ。部屋に帰ってみると、あきらさんの姿が無く、バスルームからシャワーの音が。3人が目で合図し、一目散に自分の部屋に逃げ帰った。次の日、聞いた話によると、あの後金子さんや植原さんに電話をかけまくり、金子さんを呼び出して4時前まで話したらしい。恐ろしや杉原聡!

演奏初日
名古屋滞在2日目、この日は3度の演奏を行う予定。朝食を済ませ、8時半にロビーへ集合。ホテルから演奏を行う金山駅まで太鼓を運ぶ。金山駅ではイベントスタッフの方々にも搬入を手伝ってもらい、9時過ぎには搬入が完了した。あきらさんと倉本さんは車をホテルまで戻しに行き、他のメンバーでステージ上に太鼓を設置。ここでまたハプニング。「あれ?おもりは?」。トラックから桶胴太鼓固定用のおもりを降ろすのを忘れていた。あきらさんに電話をし、タクシーのトランクに積んで持ってもらう事になった。無事におもりも到着し、10時からリハ開始。ステージはあまり大きくいものではなく、「海の豊饒」の配置で3列並べるのもギリギリ。結果、1列目はステージ前に降ろし、ステージ上は2列で配置することになった。今回叩くのは短縮バージョン。フルバージョンで叩くと約13分の曲だが、時間の都合上今回は8分程度に収めたバージョンとなった。リハ終了後、「海の豊饒」ののぼりやしまなみ海響祭のポスターを、ステージ脇やステージ後ろに設置していく。ひろしま文化振興財団から、森本さんも名古屋へ駆けつけてくれていた。11時、いよいよ1回目の演奏開始。司会の方からまずはしまなみ海道の紹介、続いて「島衆」のプロフィール紹介。その間にメンバーは配置に着いて板付き状態に。そしてあきらさんの声をきっかけに演奏開始となった。演奏が始まると、歩いている人も足を止め、また、ステージ前の3階建てのショッピングモール街の欄干からも、演奏を見てくれている。あっという間の8分が終わり、午前の演奏は終了。午後からの2回の演奏に備える。

あきら倒れる
2度目の演奏は14時から。13時に舞台脇へ集合するまでの間、昼食も兼ねての自由時間となる。アスナル金山内の居酒屋で昼食を済ませる。昼食が済むと控え室へ戻って少し休んだ。しばらくするとあきらさんが控え室へ入ってきていすを3つ並べて寝転ぶ。30分くらいが経過し、あきらさんに声をかけて散歩へ誘う。だが、あきらさんの口から出た言葉に控え室にいたメンバーは騒然とする。うつ伏せで寝転んだまま、「胃が痛い」と呟く。昨日のつけがまわったのだろうか。D.Kは金子さんに一方を入れ、控え室にいないメンバーに胃薬を持ってないかと確認する。結局胃薬を持っているメンバーはおらず、金子さんが胃薬を買ってくることになる。だがその直後、あきらさんはひょこっと起き上がり、「あー眠たかった」。D.Kは目が点。「昨日4時まで起きとったけぇ、眠たかったんよ。寝不足の時っていっつも胃が痛くなるんよ。でもちょっと寝たけぇ、大丈夫で。」。なんじゃそりゃ、心配して損しました・・・(汗)。

怪しい雲行き、そして雨
名古屋に着いた日の夕方、テレビで天気予報を見て一抹の不安を抱えていた。30日の名古屋地方の天気は曇り時々雨。午前は降水確率が低いものの、午後からの降水確率は決して低いと言えるものではなかった。この日の午後、その不安が的中する。13時に舞台脇へ集合し、2度目の演奏に備えて衣装を身に付ける。空は一面鉛色の雲に覆われ、今にも雨が落ちてきそうな状況。そんな中、14時の演奏に向けて着々と準備が進む。メンバーの着替えも終わり、演奏まで30分を切ろうとしていた頃、ついに天は我々を見放した。雨、それは屋外で太鼓を叩く時にとって、一番厄介な物である。しかし、悲観している暇もなく、この現実を受け止め、演奏までに何かしらの手を打たなければならなかった。1列目はイベント用テントの中に、2列目と3列目は屋根があるステージ奥までずらして配置。苦肉の策ではあったが、演奏できる状態が整った。14時、2度目の演奏が始まる。1回目と同様に「島衆」紹介中に配置につく。そして演奏開始。ここで雨が悲劇を生む。1列目はテント内での演奏となり、降っている雨はしのげているものの、地面は濡れていた。初めの「そーりゃ!ドン」は左足を踏ん張って打つのだが、香川さんが足をとられ、ズルーッと滑ってしまう。その後ろ、2列目で叩いていた管理人はその光景が丸見えで、思わず吹き出してしまいそうになる。それをきっかけに連鎖反応が起こり、他のメンバーも振りは間違うわ撥は飛ばすわで、合計5回演奏した中で最悪の演奏に・・・。それでも何とか8分の演奏は終わり、この日最後の17時からの演奏に備えた。

本降り
2度目の演奏前から降り続いている雨は止む気配もなく、むしろ本降りに。3度目の演奏に備えて16時にスタンバイ。2度目の演奏と同様、3列組んで1列目はテント内での演奏にするか、1名抜けることになるが2列にして、屋根のあるステージ上だけでの演奏にするかを検討する。結論は後者。植原さんが抜け、2列8名での演奏を行うことになった。1列目が女性メンバー、2列目が男性メンバーの配置にし、17時、この日最後、3度目となるステージに上がった。

2度目の夜
3度の演奏をこなし、着替えを終え、ステージ裏にある倉庫へ太鼓やのぼりを片付ける。そして地下鉄で宿泊するホテルまで帰った。夜は20時から瀬戸内しまなみ海道観光推進協議会スタッフとの交流会が予定されており、その集合時間までに汗で鼻を背けたくなるような匂いのしている衣装を洗濯したり、シャワーを浴びたりして過ごした。そんなことをしているとあっという間に集合時間となり、スタッフが宿泊している別のホテル近くにある交流会が行われる居酒屋へ出発。50名近くにのぼるスタッフの交流会が始まった。ここでD.Kは初めて名古屋名物を口にした。手羽先がうまい。胡椒がきいていてビールが進む。他にもエビフライや味噌カツなど名古屋の食べ物オンパレード。1日目と同じく痛飲。かなり痛飲。いやという程痛飲。昨日以上に盛り上がる。そして大人のしりとりでどんどん盛り上がる。2次会は割引券をもらっていたので、昨日と同じカラオケボックスへ。この日は「島衆」メンバー全員参加で、歌いまくる。1時過ぎまで続いた。明日に備え、カラオケボックスを出て宿へ。D.Kは小腹がすいていたので倉本さんとラーメン屋へ。くしくもそのラーメン屋、前日にあきらさんが追い出された店であった。

最終日
翌朝、前日の雨から一転の青空。会場まで地下鉄で移動し、保管してあった太鼓を運び出してセッティング。この日も17時の演奏がない以外は前日と同様のスケジュールが組まれており、10時からのリハーサルを前に着替えを行う。その準備をしている時に主催者側から要請があった。時間は構わないので、「海の豊饒」のフルバージョンを演奏してほしいと。金子さんから相談を受け、フルバージョンでも演奏可能であることを確認。快諾した。リハーサル前にフルバージョンで演奏することや各パートの順番などが告げられ、10時のリハーサルを迎えた。一通りのリハーサルが終了すると、地元テレビ局の取材。もう一度「海の豊饒」を演奏する。それも終わり、11時の演奏のための最終準備に入った。演奏前、再度フルバージョンの順番を確認して、前日に引き続いての演奏をこなした。演奏前、愛知県で太鼓をやっているという人が金子さんと話していた。その方は演奏を見てくれて、感動して泣いていた。「演奏見てくれて泣いてくれてなんてありがたいよのー」とみんなで話した。是非ともしまなみ海響祭にも来たいと話しており、名古屋でのもう1つの役目でもあるしまなみ海響祭の宣伝に微力ながら貢献できた。

きしめん
この日の昼食はきしめん。実は前日みんな食べたがっていたのだがきしめん屋が見つからず断念。ようやく探し出し、名物昼食となった。そこでみんなが話し合い、参加できなかったメンバーへのお土産はきしめんとすることが決定した。D.Kがお土産用のきしめんを人数分買い、これで万全。と思いきや人数の計算を間違え、買ったお店へとんぼ帰りして追加購入した。あぶないあぶない・・・。

有終の美
最後の演奏となる14時からのステージ。我々のステージは駅の北口付近、観光のPRブースは駅構内で距離が少し離れていたのだが、最後の演奏ということもあって、スタッフの方々もステージ周辺へ集まってきて我々の演奏を見てくれた。最後の演奏では誰一人間違うことなく、有終の美を飾る。ついに予定していた全ての演奏が終わり、撤収作業にとりかかる。ステージ脇へ太鼓を下ろし、桶胴を緩めていく。その間にあきらさんと倉本さんはホテルの駐車場まで車を取りに戻り、戻ってきたところでスタッフの方々にも手伝ってもらい、トラックへ太鼓を積んでいく。そしていよいよ名古屋ともお別れ、片付けが残っている金子さん、財団の森本さん、そしてスタッフの方々の見送りを受けて、瀬戸田への帰路についた。

ハプニングは続く
金山駅を出て、まずは名古屋高速方面へ向かう。両方の車のガソリンが残り少なくなっていたのでガソリンスタンドを探す。だがこれがなかなか見つからない。ようやく辿り着いた時には15分以上経過していた。給油も終わり、いよいよ名古屋高速へ。スタンドのすぐ近くに入り口があったのだが、前を走っていた倉本さんの車は一向に名古屋高速へ向かう気配がない。電話で確認してみると、名古屋高速に乗るつもりがなかったとか。あきらさんが「高速のらんか」と言ってトラックが前に出て名古屋高速を目指すことになった。名古屋市街をドタバタと迷走し、金のしゃちほこで有名な名古屋城の脇を通って何とか名古屋高速へ。名神の小牧ICを目指す。来た時と同様、東名阪道から名古屋高速を経て一宮ICから名神へ乗るのが時間的にも距離的にも早いのだが、みんながお土産を買いたいという理由で小牧ICから名神に入り、尾張一宮PAで買い物の時間を取ることになった。

とどめ
帰りもトラックにはあきらさんとD.Kが乗車。演奏の疲れ、はしゃぎすぎ、睡眠不足などの要素が相まって、滋賀県に入った頃からうとうとしていたD.K。しかしその睡魔は、倉本さんの車に乗っているメンバーからのメールによって一瞬にして吹き飛んだ。「フロントガラスにヒビが入った」。トラックは栗東ICを過ぎたあたり、倉本さんの車は草津PAを過ぎたあたりだった。あきらさんにもその事実を告げる。驚いた様子。念のために金子さんにも一報を入れる。その後しばらくはトラックと車の間で電話のやり取りが続き、確認のために大津SAに入るとの連絡を受け、トラックも激走して大津SAへ。トラックが大津SAへ入って駐車スペースを探しているときに連絡が入る。「京滋バイパスに乗ってしまったんで、しばらく走る」と。不意打ちを喰らったトラックは名神を飛ばし、京都を越える。京滋バイパスとの合流地点でもう一度連絡を取り、どちらの車が先を走っているのかを確認する。結果、倉本さんの車の方が約10キロ先を走っており、西宮名塩SAで合流することになった。西宮名塩SAに到着し、先にガソリン給油。スタンドに入ると倉本さんの車が停まっており、状況を確認。助手席側のガラスが横に20センチほど一本の筋のように線が入っていた。スタンドの店員さんに確認してみるが、今の段階ではどうすることもできないとの事。ただ、通常走行に支障はないであろうと判断され、そのまま瀬戸田を目指すことになった。

瀬戸田へ
西宮名塩SAで夕食を済ませ、残り半分の道中へ。このハプニングのために予定外の西宮名塩SAで食べた冷やし坦々麺がD.K的にはヒット。厚切りチャーシューがのっており、スープもおいしかった。山陽道に入り、トラックのエンジンも悲鳴をあげることなく激走。途中、吉備SAで休憩を取りながら福山西ICへ。その間も金子さんから随時連絡が入り、現在地などを報告する。福山西からしなみ海道を経て瀬戸田へ。到着は22時半頃。新幹線で先に帰っていた金子さんも駆け付け、みんなをねぎらう。こうして晩夏の3日間、色々ありすぎた名古屋遠征が終わりを告げた。

Reported by D.K


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